2007年11月15日
せいもん払い
TAKIです
おつかいに行くのに新天町を通りましたら、本日から「せいもん払い」が始まっていました。
来週の火曜(20日)までありますが、この期間は歩くのが大変なくらい賑わっています。
「せいもん払い」とは
商人の商売への感謝祭のようなもので、この日ばかりは商売抜き、
儲けを考えない商いをすることになっています。そして博多のせいもん払いの
はじまりは明治12年にさかのぼります。
「せいもん払い」の名称のはじまりは、江戸時代に大阪のある呉服屋が
夷講(えびすこう―これが商売の神様といわれるえびす様の感謝祭)の
催しとして始めた、売り出しの名称がルーツといわれています。
この「せいもん」とはもともと「誓文」と書き、約束を書いた文書のことです。
昔遊郭があった時代、客はもてようと思って遊女にあれこれその場限りの
約束の誓文を渡してはそれを反故にするのが常でした。このことを商人と
お客の関係に見立て、いつもはお客をだましてばかりいる店ですが(そんなことはありません)、
このときばかりは正直に掛け値なしにする大安売りをしますという意味から
「誓文払い」と名づけたという説があります。
また誓文で縛られた遊女がその約束の期間が明けて開放されることをさして
「誓文晴れ」といいますが、商人の誓文は安く仕入れて高く売るのが当たり前という
ルールをこの日ばかりはその約束に縛られんで商売をする。儲けない日にして
夷様に感謝を表した。その誓文晴れが現在誓文払いになったとの説もあります。
実際、戦前は「誓文晴れ」と言っていたそうで、この説はかなり信憑性が高そうです。
参照:新天町のホームページ
せいもん払いが始まると、今年もあとわずかだな
と思います。

おつかいに行くのに新天町を通りましたら、本日から「せいもん払い」が始まっていました。
来週の火曜(20日)までありますが、この期間は歩くのが大変なくらい賑わっています。
「せいもん払い」とは
商人の商売への感謝祭のようなもので、この日ばかりは商売抜き、
儲けを考えない商いをすることになっています。そして博多のせいもん払いの
はじまりは明治12年にさかのぼります。
「せいもん払い」の名称のはじまりは、江戸時代に大阪のある呉服屋が
夷講(えびすこう―これが商売の神様といわれるえびす様の感謝祭)の
催しとして始めた、売り出しの名称がルーツといわれています。
この「せいもん」とはもともと「誓文」と書き、約束を書いた文書のことです。
昔遊郭があった時代、客はもてようと思って遊女にあれこれその場限りの
約束の誓文を渡してはそれを反故にするのが常でした。このことを商人と
お客の関係に見立て、いつもはお客をだましてばかりいる店ですが(そんなことはありません)、
このときばかりは正直に掛け値なしにする大安売りをしますという意味から
「誓文払い」と名づけたという説があります。
また誓文で縛られた遊女がその約束の期間が明けて開放されることをさして
「誓文晴れ」といいますが、商人の誓文は安く仕入れて高く売るのが当たり前という
ルールをこの日ばかりはその約束に縛られんで商売をする。儲けない日にして
夷様に感謝を表した。その誓文晴れが現在誓文払いになったとの説もあります。
実際、戦前は「誓文晴れ」と言っていたそうで、この説はかなり信憑性が高そうです。
参照:新天町のホームページ
せいもん払いが始まると、今年もあとわずかだな

Posted by hishoclub at 23:59│Comments(0)
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